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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)28号 判決

東京都北区中十条三丁目二六番一三号

原告

山口節子こと山口節

右訴訟代理人弁護士

山本裕夫

青木護

鶴見祐策

東京都北区王子三丁目二二番一五号

被告

王子税務署長 伊勢知郎

右指定代理人

小池晴彦

佐藤謙一

須田靖

松倉文夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六二年三月一三日付けで原告に対してした

(一) 昭和五八年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分

(二) 昭和五八年ないし昭和六〇年(以下「係争年」という)分の所得税の各更正(ただし、いずれも審査請求に対する裁決によって取り消された部分を除く)

(三) 昭和五八年分及び昭和六〇年分の各過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも審査請求に対する裁決によって取り消された部分を除く)

を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、夫であった訴外亡山口博章(以下「亡博章」という)の事業である洋装関係の業界新聞の出版業をその死亡後承継し、肩書住所地を自宅兼事業所として、被告から青色申告の承認を受け、係争年分の所得税につき、法定の申告期限までに、別表1の〈1〉欄に記載のとおり確定申告をした。

被告は、昭和六二年三月一三日付けで、原告に対し、昭和五八年分以降の青色申告の承認を取り消したうえ、別表1の〈2〉欄に記載のとおり、係争年分の所得税の更正を行うとともに過少申告加算税賦課決定をした。

原告は、同年五月一二日、被告に対し、右処分に対する異議を申し立てたがこれが棄却されたので、同年九月一一日、国税不服審判所長に対し審査請求をした。右各更正及び賦課決定は、平成元年一一月二七日付けの裁決により、別表1の〈3〉欄に記載の額が認容されその余の部分は取り消されたが(以下、これによる取消後の各更正及び賦課決定を「本件課税処分」という)、青色申告の承認取消処分は変更されなかった。

2  本件の青色申告承認取消処分は取消事由がないのに行われた違法なものであり、本件課税処分も原告の事業所得を過大に認定するものであるから、原告はそれら処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。

三  抗弁

1  原告の帳簿書類の提示拒否

(一) 原告に対する調査の必要性

被告は、原告の事業形態に亡博章が営業していた当時と変化がないかどうか確認する必要があったこと、亡博章が経営していた当時を含め長期間調査を実施していないこと及び原告の申告所得額が収入金額に比較して低額であると認められたことから、その申告所得額が適正なものか否かを調査する必要があると考え、当時の被告の職員であった櫻木義晴上席国税調査官(以下「櫻木係官」という)に対し、その調査を命じた。櫻木係官は、原告宅に臨場し、原告の帳簿書類につき所得税法二三四条に基づく調査を行おうとしたが、原告は、その提示を拒否したものであって、その経緯の詳細は、以下のとおりである。

(二) 昭和六〇年八月一日及び九月一一日

櫻木係官は、昭和六〇年八月一日、原告宅に赴き、身分証明書を提示して所得税の確定申告が正しいかどうかを調査する旨告げた。しかし、原告は、「どこが間違っているのか指摘して欲しい。自主申告しているから調べられる理由がない。忙しいので帰って欲しい」と申し立てたので、同係官は、同日の調査を打ち切り原告宅を辞去した。同係官は、同月五日と二三日に、電話で原告と調査期日を打ち合わせようとしたが確答を得られなかったので、九月一〇日までに調査日時の連絡をして欲しい旨を告げた。しかし、その日までには原告から連絡がなかったので、櫻木係官は、その翌日の一一日に原告宅に再度赴いたところ、原告はその日の調査を断り、同月二七日午後二時からであれば調査を受ける旨を申し出たため、同係官はこれを了承して原告宅を辞去した。

(三) 同年九月二七日

櫻木係官は、同年九月二七日午後二時ころ、原告宅に赴き、二階に案内された。その場には、原告以外に北区民主商工会事務局員天田全彦(以下「天田」という)及び同会の会員(以下「民商会員」という)と思われる者九名位の人物が同席していた。同係官は、そこで、原告に対し、税理士でない民商会員らを退席させるよう再三求めたが原告はこれに応じず、右民商会員らも「おれたちがいてどこが悪い」などと言い立て、その場は一時騒然とした。同係官は、右民商会員らが退席しないまま、原告に対し、申告所得額が正しいかどうか確認するために、申告の基礎となった帳簿書類等を提示するよう求めたが、原告は、正しく自主申告したからどこが間違っているのか指摘してもらわないと調査を受けるつもりはないなどと述べてこれに応じなかった。そこで、同係官は、これ以上の調査を続けることは困難と考え、その場を辞した。

同係官は、同日午後四時四〇分ころ、再度原告宅を訪れ、原告に対し、調査に協力するよう説得したが、原告は、申告のうち間違っている部分を指摘してもらわないと調査を受けないと繰り返し、調査に協力しない態度を全く変えなかったので、同係官は調査を打ち切って辞去した。

(四) 同年一〇月二五日

櫻木係官は、同年一〇月二五日午後二時ころ、予め電話連絡をして原告宅を訪れたところ、原告以外に天田、原告の長女植田ゆう子(以下「植田」という)及び民商会員三名が待機していた。同係官は、原告に対し、申告所得額が正しいかどうかの調査のため帳簿書類を提示して欲しいこと、調査に応じない場合には青色申告の承認の取消事由になることを説明したが、原告は、帳簿書類の提示を拒んだ。そこで、同係官は、これ以上の協力を得られないと判断してその場を辞去した。

(五) 同年一一月六日

櫻木係官は、同年一一月六日午前一〇時四〇分ころ、原告宅を訪れたが、原告は、以前と同様に、申告の間違っている点や疑問点を指摘してもらってからでないと調査を受け入れるつもりはないなどと述べて調査に応じなかった。同係官は、調査について良く考えておくよう伝えてその場を辞去した。

(六) 同年一一月二九日

櫻木係官は、同年一一月二九日午後二時ころ、予め電話連絡で一時間から一時間半の調査時間を約束したうえで原告宅を訪れた。同日も原告以外に天田のほか民商会員三名が待機していた。同係官は、原告に対し以前と同様に調査目的や青色申告の承認取消しについて説明をし、帳簿書類の提示を求めた。しかし、原告は、天田から、「収入ぐらいは見せたらどうか」との助言を受けたにもかかわらず、納得のゆく調査理由を示さないとして帳簿書類の提示を一切拒否し、同係官のその点についての説明に納得しないまま時間が経過し、その日の調査の継続は困難となった。その際原告が次回は現金出納帳を見せるといったので、同係官は、次回は一二月中旬を調査日とし、その時に現金出納帳を提示してもらうと告げて辞去した。

(七) 同年一二月二四日

櫻木係官は、同年一二月二四日午後二時ころ、予め調査日時を連絡したうえで原告宅を訪れ、植田、天田ほか民商会員と共にいた原告に対し、前回の調査時に約束した現金出納帳の提示を求めたところ、原告は、申告の誤っている部分を具体的に指摘してもらわないと調査に応じないとの従前の主張を繰り返すばかりで現金出納帳等の帳簿書類を提示しようとしなかった。そのため、櫻木係官は、今後原告の協力を得て帳簿書類の検査を行う方法で調査を継続することは不可能であると判断した。

2  本件青色申告承認取消処分の適法性

青色申告制度は、所轄税務署長が所得税法二三四条に基づく質問検査を行う際、同法一四八条所定の帳簿書類についてその備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認できることを前提として、青色申告書の提出承認を受けた者(青色申告者)に税法上の有利な取扱いを受けることができる地位を付与し、正確な記帳に裏付けられた適正な納税申告を推進しようという制度である。したがって、同法一四八条一項が青色申告者に対して義務付けている帳簿書類の備付け、記録及び保存とは、税務職員が調査に際してその検査を行おうとする場合には速やかにこれに応じ得る状態での帳簿書類の備付けを行っていることを指すと解すべきである。そうであるとすれば、税務調査に際して税務職員から要求があったにもかかわらず青色申告者が帳簿書類の提示を拒否した場合には、同条項が規定した義務を果たしていないことになるから、同法一五〇条一項一号の青色申告の承認取消事由に該当するものというべきである。

原告は、右1のとおり櫻木係官の再三にわたる帳簿書類の提示要請にかかわらずこれを提示しなかったのであり、これは、帳簿書類の備付け等が行われていない場合として青色申告の承認取消事由に該当するから、本件の青色申告承認取消処分は適法である。

3  本件課税処分の適法性

原告の係争年分の収入金額は次のとおりである。

昭和五八年分 一九九五万一二三〇円

昭和五九年分 一九七九万三八八六円

昭和六〇年分 二〇四一万九八六五円

原告の係争年分の経費の額及びその明細は別表2のとおりであるから、原告の係争年分の事業所得の額は、次のとおりとなる。

昭和五八年分 二〇一万九八五七円

昭和五九年分 七六万五五四〇円

昭和六〇年分 一七〇万八四四一円

本件課税処分は、右の原告の事業所得額を前提とし、所得税法及び国税通則法に従って行われた適法なものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実中、原告が帳簿書類の提示を拒否したとの事実を否認し、その余は知らない。原告は、櫻木係官から調査の理由として「所得額の確認のため」と告げられたのみであり、被告が原告の申告所得額に関して調査をすべき具体的な必要性について何ら説明を受けていない。

また、原告は、係争年の事業所得に関する帳簿として、総勘定元帳(甲第六ないし第八号証)、現金出納帳(甲第三一号証の一ないし四、第三二号証の一、二、甲第三三号証の一、二)を記録し備え付けており、それら記録の原始資料となる伝票類等も保存し、調査の際櫻木係官にそれら帳簿書類を示していたものである。

2  同1(二)ないし(七)の各事実については、櫻木係官が調査のために原告宅を訪れた日時、調査の際に原告宅に被告主張のような原告以外の同席者がいた事実は認めるが、その余は否認する。同係官の調査についての事実経過は次のとおりである。

(一) 昭和六〇年八月一日及び九月一一日

櫻木係官は、昭和六〇年八月一日、事前連絡なしに調査に訪れた。原告は、当日は外出する用事があったため、調査に時間をとることができなかった。そこで原告は改めて連絡すると同係官に告げたのであり、調査を受けることを拒否してはいない。また、同係官は、「所得の確認です。帳簿を出しなさい。見せないのなら三年分調査をします。協力しない場合には、三年、五年、七年にも遡れるんだ」などと、極めて高圧的、威嚇的な態度であったため、原告は不安になって対応に窮した。しかも、櫻木係官は、原告が調査の日時を二七日とすることで電話連絡しようとしていたのに、再度、事前連絡もせずに九月一一日に原告宅を訪れたので、原告は同日も時間をとれず、二七日に調査を受ける旨述べたのである。

(二) 同年九月二七日

櫻木係官の右のような高圧的・威嚇的な態度に接した原告は、納税申告を帳簿に基づき適正に行っているのに何らかの誤解を受けており、その誤解を解く必要があると感じた。また、原告の事業の細々とした金額まで逐一裏付けの資料を調べることは膨大な作業となり原告の仕事にも支障が生じるおそれもあった。そこで、原告は、櫻木係官から納税申告の不審な点を予め教示してもらったうえ、ポイントを絞った効率的な調査をしてもらおうと考え、同年九月二七日の調査の際、櫻木係官に対し、何度も調査理由を説明して欲しいと述べた。しかし、櫻木係官は「調査は税務署が一方的に決めることで、私のやりたいようにやる」と答え、威嚇的に帳簿書類の提示を求め、最終的には突然立ち上がり、「これは調査ではない」といって帰ってしまったのである。

櫻木係官は、右同日、一旦原告宅を退きながら午後四時四〇分ころ、事前連絡なしに突然原告宅に臨場したものである。

(三) 同年一〇月二五日

原告は、同年一〇月二五日の調査の際にも、櫻木係官に調査理由の開示を求めたが、「調査は私のやりたいようにやる。あなたにはそういう権利はない。現金出納簿と経費の三年分を出しなさい」と一方的に述べるだけだった。同席していた天田は、昭和五九年分の総勘定元帳(甲第七号証)を櫻木係官の前に差し出し、「帳簿はあるのだから、態度を変えて調査理由を教えていただければ、いつでも調査に応じる」と述べたのに、櫻木係官は「調査は税務署のやりたいようにやる。文句があるなら選挙に勝ったらどうだ」などと、公務員にあるまじき暴言を吐いたので、その日の調査が進展しなかったに過ぎない。

(四) 同年一一月六日

櫻木係官は、同年一一月六日に原告宅を来訪した際も、「あのようなことをやっていると、あなたは泣くことになりますよ」と原告を威嚇している。

(五) 同年一一月二九日

原告は、同年一一月二九日、原告宅二階座敷において、櫻木係官の目前のテーブルに昭和五七年ないし五九年の三年分の売上高帳を置いて、これらを同人に提出し「三年分の売上をまず見てもらいます」と述べ、帳簿の検査を促した。しかし、櫻木係官は、意外なことに、これら帳簿を全く見ようとせず、突然、税務署の方針について原告の納得を得る必要があるとして長々と説明を始め、帳簿を見ないまま時間切れとなってその日の調査を終えてしまったのである。

(六) 同年一二月二四日

原告は、前回調査時の櫻木係官の態度が余りにも異常で、帳簿書類の調査もせずに反面調査が行われるとの危惧を抱き、同年一二月二四日の調査時には、改めて櫻木係官に対し、今回の一連の税務調査の理由を問いただした。これに対し、櫻木係官は、逆に怒り出し、原告に対する質問調査を一方的に打ち切ってしまったのである。

3  同2の主張は争う。

(一) 後記のとおり、櫻木係官の一連の税務調査は違法であるから、これを前提とする本件の青色申告の承認取消しは当然に違法・無効である。

(二) 既に述べたとおり、原告は、櫻木係官に対し総勘定元帳や売上高帳を提示して調査に応じており、帳簿書類の提示を拒否していたようなことはないのであるが、そもそも、帳簿書類の提示拒否という事実そのものは、青色申告の承認取消事由となるものではない。

日本国憲法三〇条及び八四条は租税法律主義を定め、課税に関する国民の権利義務を法律によって規律することとしている。そして、青色申告の承認取消しは、青色申告者に付与された税務上の特典を奪い取る制裁的な行政処分であるから、その要件は法律によって厳格に定められる必要があり、行政事務の遂行の便宜等の理由で安易に類推解釈を許すべきではない。

所得税法一五〇条一項一号に規定する青色申告の承認取消事由は、「備付け」「記録」「保存」という行為を怠っている事実を意味するのであって、その文言に照らせば、それ以外に「税務職員の調査の際に帳簿書類を提示しない」という行為を含ませて解釈する余地はない。もちろん、帳簿書類を提示しない行為を明文で青色申告の承認取消事由とする法律の定めもない。したがって、このような行為まで青色申告の承認取消事由になるという被告の法的主張は、租税法律主義に反し、法律の根拠に基づかずに納税者に不利益処分を課する法律解釈であり、失当である。

(三) 仮に、一般的に、税務職員に対する帳簿書類の提示拒否が青色申告の承認取消事由に該当するとしても、それは、税務当局が、帳簿の備付け状況を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的にみてできなかったと考えられるような状況であることが前提となると解すべきである。

しかしながら、既に述べたように、櫻木係官は、何ら調査の目的を述べず、「税務署のやりたいようにやる」などと述べ、高圧的・威嚇的に帳簿の提示を一方的に要求するばかりであったから、帳簿を確認するために社会通念上当然に要求される努力をしていない。したがって、本件においては、原告の帳簿書類提示拒否が青色申告の承認取消事由となるための前提要件が欠けているのである。

4  同3の事実のうち、係争年分の原告の収入金額は認める。係争年分の経費の額及び明細のうち、別表2の「事業専従者控除の額」は否認するが、その余の部分は認める。本件の青色申告承認取消処分は違法であるから、所得税法五七条一、二項により、青色事業専従者たる植田に支給した給与の全額(昭和五八年分につき七二万円、昭和五九年分及び昭和六〇年分につき各八四万円)が必要経費と認められるべきであり、同条三項の制限はない。同様に、原告については、租税特別措置法二五条の三による青色申告控除(係争各年それぞれにつき各一〇万円)が認められるべきである。

ただし、既に述べたとおり、櫻木係官の一連の税務調査は違法であり、このような調査を経て行われた本件課税処分も当然に違法・無効と解すべきである。また、昭和六〇年分の更正は、原告に対する面接調査も帳簿書類の調査を行わず、原告の承諾を得ないで反面調査をして推計により行われたものであるから、調査の手続が違法であるばかりでなく、何らの必要性も充たさないまま推計による更正を行った違法がある。

四  調査の違法性に関する原告の主張

1  調査の必要性の欠如

所得税は、納税者の申告により確定するのが原則であり、申告を経た分以外に課税所得があると認められる合理的な理由と根拠がある場合に限り税務署長の税額確定権が発生するものと解すべきである。また、所得税二三四条一項に基づく税務職員の質問検査権の行使は、被調査者に負担を強いるものであるうえ、罰則により間接的に受忍を強制されるものである。したがって、同条項が質問検査権を行使することができる要件として掲げる「所得税に関する調査について必要があるとき」とは、右のように申告を経た分以外に課税所得があると認められる合理的な理由と根拠がある場合(例えば、事業形態が変化していないのに申告所得が前年度よりも低すぎる、同規模業者と比して申告所得が低すぎる場合等)を指すものと厳格に解する必要がある。

本件の場合には、櫻木係官の調査は、同係官の言動からも明らかなように、特段の合理的・客観的な根拠に基づくものではなく、民主商工会に対する敵視、差別的取扱いの一環として行われたものであり、質問検査権の行使の要件を欠く違法なものである。

2  調査期日の事前告知及び調査理由の開示手続の無視

所得税に関する調査は、更正等の課税上の不利益処分に結び付くものであり、罰則により間接的に受忍を強制されるものであるから、憲法三一条の趣旨に照らし、被調査者に対する調査期日の事前告知、調査理由の開示という適正手続を履践して行われる必要がある。本件においては、櫻木係官は、原告に対し、「所得の確認」というほかに何ら具体的な調査理由の告知を行っていないし、昭和六〇年八月一日、九月一一日、同月二七日(午後四時四〇分ころの調査)及び一一月六日には、いずれも何らの事前通知もなく調査の応諾を強要したのであって、同係官の一連の調査は手続的に違法である。

3  調査方法の逸脱

所得税の調査の際の質問検査は、社会通念上相当な限度内の方法、態様で行われなければならない。しかし、櫻木係官の調査の際の言動は、既に述べたとおり、非常識であるばかりでなく、極めて高圧的、威嚇的であり、社会通念上相当な限度を逸脱しているから、同係官の質問検査はその態様において違法である。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一青色申告の承認取消しの法適合性について

一  請求原因1の事実、抗弁1の事実中、櫻木係官が原告の所得税に関する調査のため原告宅に臨場した日時及びその際に被告主張のような人物が調査に同席していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  被告は、原告において櫻木係官に対し帳簿書類の提示を拒否しており、これが所得税法一五〇条一項一号の青色申告の承認取消事由に該当するものとして、本件青色申告承認取消処分を行ったと主張する。

1  所得税法は、納税義務者が自ら所得税の課税標準及び税額を計算し、その結果を申告して納税するという申告納税制度を採用し、納税義務者に対し課税標準(所得金額)を正確に申告することを義務付けているから、適正かつ公平な課税の実現のためには、納税者が日常の取引経過を継続的に帳簿に記録し、その帳簿や記録の基礎となった書類を保存することが望ましい。そこで、所得税法は、納税者の帳簿書類への記録やその保存を奨励するため、同法一四三条以下に青色申告制度を設け、所轄の税務署長から青色申告書提出の承認を受けた者に対し、帳簿書類の備付け、記録及び保存の義務を課す(同法一四八条一項)代わりに、課税標準の計算において各種の特典を与えるほか、帳簿書類の調査を経て所得金額等の計算に誤りがあると認められる場合でなければ所得税の更正を受けることはなく(同法一五五条)、推計による所得税の更正を受けない(同法一五六条)という課税処分における一定の手続保障をしているのである。

2  右のような青色申告制度は、申告の基礎となった帳簿書類の状況が所得税法二三四条に規定する税務職員の質問検査により確認できる状態にあるのでなければ実効性のないものとなることが明らかであるから、そのような状態にあることを当然の前提とするものである。そうすると、同法一四八条一項が青色申告者に義務付ける帳簿書類の備付け等は、単に青色申告者において帳簿書類の備付け等を行っていれば足りるというものではなく、税務職員が調査の際にその閲覧を求めた場合にそれら帳簿書類を確認できるような状態に置いておくことを含むものと解すべきである。したがって、青色申告者が、調査を行う税務職員の帳簿書類の提示要求に応じない場合には、右条項に従った帳簿書類の備付け等の義務が果されなかったものとして同法一五〇条一項一号所定の青色申告承認の取消事由に該当するものといわなければならない。

3  原告は、右のような所得税法の解釈は、法の文言からかけ離れたもので租税法律主義に違反すると主張するが、青色申告者が帳簿書類の提示を拒否することにより、税務職員においてその備付け等が正しく行われているか否か確認できない場合においても、なお、当該青色申告者に青色申告制度上の特典を付与することは、この制度の存在理由そのものに背反する事態であるといわなければならない。したがって、同法一四八条一項を右のように解釈することは、青色申告制度を定める同法一四三条以下の規定全体の統一的かつ合理的な理解のために不可欠なことであって、租税法律主義に反するものとはいえず、この点に関する原告の主張は失当である。

そこで、次に、原告が櫻木係官の所得税の調査の際に、その事業所得にかかる帳簿書類の提示を拒否したか否かについて検討する。

三  前記の争いのない事実に、証人櫻木義晴の証言を総合すれば、以下の事実が認められ、甲第一〇、第一一号証、証人天田全彦及び同植田ゆう子の各証言並びに原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、後記のとおりこれを採用することができない。

1  被告は、原告の事業の形態がその夫の亡博章が行っていた時のものと変化がないか否か確認する必要があったこと、亡博章が事業を経営していた当時を含め長期間調査を実施していないこと、原告の申告所得額が低額であったことから、原告の申告所得額が適正なものか否かを調査する必要があると考え、櫻木係官に対し、その調査を命じた。

2  櫻木係官は、昭和六〇年八月一日、事前連絡なしに原告宅に臨場し、原告に対し、身分証明書を提示したうえ所得税の確定申告が正しいか否か調査する旨を告げた。しかし、原告は、「どこが間違っているのか」などと述べて、直ちには櫻木係官の質問検査に応じないかのような態度を示し、民主商工会関係者に電話連絡をして対応を相談した。その後、原告は、「自主申告しているから調べられる理由がない。忙しいので帰って欲しい」と言ったため、櫻木係官は、同日の実質的な所得税の調査を諦め、原告宅を辞した。

櫻木係官は、同年八月五日及び二三日、電話により原告との間で調査期日の打ち合わせを試みたところ、原告は、九月中旬ならば都合が良いかのように返答したものの、具体的な調査日時につき確答をしなかった。そこで、櫻木係官は、原告に対し、九月一〇日までに調査日時の連絡をして欲しい旨を告げたが、同日までに原告からの電話連絡がなかったことから、その翌日の一一日、原告宅に赴いたところ、原告は、同月二七日午後二時からが都合が良い旨を申し出たため、これを了承し、その日は特に調査活動をせずに原告宅を辞した。

3  櫻木係官は、同年九月二七日午後二時ころ、原告宅を訪ね、二階に案内されたが、その場には、原告以外に天田及び九名の民商会員が同席していたので、原告に対し、税理士でない民商会員らを退席させるよう再三求めたが原告も右民商会員らもこれに応じなかった。櫻木係官は、右民商会員らの退席を得られないまま、原告に対し、申告所得額が正しいか否か確認するためとして、申告の基礎となった帳簿書類等の提示を求めた。しかし、原告は、正しく自主申告したからどこが間違っているのか指摘してもらわないと調査を受けるつもりはない、なぜ調査されるのかはっきり説明してもらえないと帳簿は出せないなどと述べて櫻木係官の求めに応じなかった。このようなやりとりが続き、原告の協力を得て帳簿書類の検査を行える状態にはならなかったため、櫻木係官は、これ以上の調査を続けることは困難と考え、原告宅をいったん辞した。その後、櫻木係官は、同日午後四時四〇分ころ、既に民商会員らがいなくなっていた原告宅を訪れ、原告に対し、調査に協力するよう述べ説得したが、原告は、調査に協力しない態度を変えなかった。

4  櫻木係官は、同年一〇月二五日午後二時ころ、予め電話連絡をしたうえ調査のため原告宅を訪れたところ、原告以外に天田、原告の長女植田及び民商会員三名が待機していた。櫻木係官は、原告に対し、過去三年分の現金出納帳と経費の帳簿を提出して欲しいと要求したが、原告は、帳簿をつけているとは言うものの、理由もないのに見せろと言われても見せることはできないと述べて、帳簿を提示しなかった。櫻木係官は、今回の調査は申告所得額が正しいか否かの調査であって、申告のうち予め誤っている部分など指摘できないから、まず帳簿書類を提示して欲しいこと、調査に応じない場合には原告に対する青色申告の承認が取り消されることを説明したが、原告は、なお帳簿書類の提示を拒絶した。

右調査の際に、天田は、ノートのような書類の綴りを櫻木係官にかざして、「必要な項目を挙げれば、その項目に限って見せられます」などと述べた。しかし、天田は、「全部見せて下さい」との櫻木係官の要求を拒否したため、櫻木係官において、右書類を手にとってそれがどのような書類であるのかを確認することはできなかった。

5  櫻木係官は、同年一一月六日午前一〇時四〇分ころ、事前連絡なしに原告宅を訪れたが、原告は、以前と同様に、申告の間違っている点や疑問点を指摘してもらってからでないと調査を受け入れるつもりはないなどと述べて調査に応じなかった。

6  櫻木係官は、同年一一月二九日午後二時ころ、予め電話連絡で一時間から一時間半の調査時間を約束したうえで原告宅を訪れ、天田ほかの民商会員が立ち会っている中で、原告に対し以前と同様に帳簿書類の提示を求めた。しかし、原告は、その場に立ち会っていた天田から、「収入ぐらいは見せたらどうか」との助言を受けたにもかかわらず、帳簿書類の提示を一切拒否した。原告が櫻木係官の説明に納得する気配はないまま時間が経過し、その日の調査の継続は困難となったが、原告は、次回は現金出納帳を提示する旨を述べた。

7  櫻木係官は、同年一二月二四日午後二時ころ、予め調査日時を連絡したうえで原告宅を訪れ、原告に対し、前回の調査時に約束した現金出納帳の提示を求めたところ、原告は、前回の言動にかかわらず、申告の誤っている部分を具体的に指摘してもらわないと調査に応じないとの主張を繰り返すようになり、申告の基礎となった帳簿書類の提示を拒否した。そのため、櫻木係官は、今後原告の協力を得て帳簿書類の検査を行う方法により所得税の調査を継続することは不可能であると判断した。

四  原告は、櫻木係官が、調査のため原告宅を訪れた際、高圧的かつ威嚇的な態度で調査を強要し、昭和六〇年一一月二九日には、原告の昭和五七年から昭和五九年分の売上高帳を提示して売上から調査するように促したのに、これをしなかったと主張し、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一〇、第一一号証の各報告内容、証人天田全彦及び同植田ゆう子の各証言並びに原告本人尋問の結果はこれに従う。

しかしながら、これらの証拠によっても、原告は、櫻木係官が最初に調査に訪れた際、同係官との応答の最中に北区民主商工会に電話をして対応を協議し、これから出かけるので調査は後日にして欲しい旨を明確に告げてその場での調査への協力を拒否しており、約束した日までに都合の良い日の連絡をしなかったり、後日立会人の居ない時に同係官が訪れた際には、その面前で植田ゆう子にテープレコーダーを用意するよう告げるなど、同係官の調査態度に威圧されたとは到底思えない行動をとっていることが認められるのである。

また、原告は、その本人尋問において、同係官の態度から原告の納税申告について税務署ないし同係官にひどく誤解されていると感じ、同係官に帳簿書類を提示する前に、まず同係官に納得のゆく調査理由を繰り返し尋ねたと述べるのであるが、原告の所得額について税務署に誤解があると思うのであれば、率直に原告の事業の状態や、そのあるがままの損益状況を示して誤解を正して貰おうとするのが通常人のとる態度と考えられる。原告は、その本人尋問において、同係官に帳簿を見せて三年分も五年分も調査を受けると膨大な時間がかかり、業務に差し支えるから帳簿を提示しなかったとの趣旨のことも述べており、これによれば、同係官の調査理由がどのようなものであれ、原告は、結局調査に応じて帳簿書類を同係官に提示する気はなかったと疑われるところである。以上のところからすれば、原告が繰り返し同係官に調査理由を尋ねたのが、原告が述べるような動機から出たものとは考え難いのである。

昭和六〇年一一月二九日に原告が総勘定元帳のうち売上部分を同係官に提示して調査を促したのに、同係官は調査をしなかったとする前記各証人の証言及び原告本人尋問の結果についても、これによれば、帳簿書類の提示を受けることを唯一の目的にその当時原告宅に四か月にわたって六回も足を運び、民商会員などの立会人に詰問を受けるなどする中で、原告に調査に協力するよう説得を続けていた同係官が、折角帳簿書類を提示されたのに、これを手に取って見ることさえせずに被告の方針を述べ立てたというのであって、仮に櫻木係官に原告主張のような変わったところがあったとしても、そのような任務に背いた奇異な行動をとるとは到底信じ難いところである。また、仮にも同係官に原告らがその帳簿書類を提示することを決定したのであれば、以後は可及的速やかに同係官に必要な帳簿書類の調査を済ませて貰うよう意を用いるのが当然であると考えられるのに、打ち合わされた次回の調査日は、ほぼ一か月後である一二月二四日であったというのであり、しかも、前記証拠によれば、その時点においては、原告らは、必ずしも同係官に帳簿書類を提示するかどうか決めていなかったというのであって、仮に原告主張のように同係官が前回の調査において示された帳簿書類に目を通さないようなことがあったとしても、そのためにこのように調査日が延びたり、いったん決めた方針が変更されたりするとは到底考えられない。

以上のところからすれば、前記各証人の証言及び原告本人尋問の結果は採用できないし、甲第一〇、第一一号証の報告内容も、右各証拠と離れた独自の証拠価値を認めることができないから、同様に採用できないのである。

五  右認定の事実関係に照らせば、税務職員たる櫻木係官は、所得税の調査を行う際、昭和六〇年九月二七日、一〇月二五日、一一月二九日及び一二月二四日にわたり、事前連絡をしたうえ原告宅を訪ね、原告に対し、申告した所得額の確認を行うため調査を行う旨を説明したうえ事業所得に関する帳簿書類を提示するよう何度も求めたにもかかわらず、原告は櫻木係官の要求に応じようとしなかったと認められる。したがって、原告は、所得税法一四八条一項の義務を果していないといわなければならず、原告には同法一五〇条一項一号の青色申告の承認取消事由が認められる。

六  原告は、櫻木係官の調査には、事前連絡なくして質問検査のため原告宅に臨場した点、調査の必要性が明らかでなく被調査者たる原告に対しても調査の理由を具体的に告知しなかった点で手続が違法であるとし、その調査が違法であるから本件の青色申告承認取消処分も違法であると主張する。

所得税法二三四条の質問検査をするにつきどのような手続をとるべきかについては、具体的方法は特に規定されていないから、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については権限のある税務職員の合理的な裁量権の行使に委ねられているところと解される。したがって、税務職員が事前連絡をせずに被調査者の自宅や事業所に臨場したことが、税務職員の裁量権の逸脱・濫用となるような事情のある場合を除き、調査そのものが違法になるものではない。本件においては、既に認定した事実関係に照らせば、櫻木係官は、事前連絡なく臨場した方が原告のありのままの事業内容を把握できると考えて事前連絡をしないで原告宅に臨場したこと、他の機会には可能な範囲で原告の都合を配慮し調査期日の打ち合わせを行っているものと認められ、事前連絡という点に関し櫻木係官の調査には裁量権の逸脱・濫用はない。

また、同条の所得税の調査は、過少申告の具体的な疑いがある場合に行われるのは当然であるが、そのような具体的な疑いはないが申告の真実性・正確性を確認する必要がある場合にこれをしてはならないとする理由は見い出せない。本件においては、昭和五八年及び五九年分の申告納税額がいずれも〇円だったことに照らせば、申告の真実性・正確性を確認する必要があるとの被告の判断に裁量権の逸脱・濫用があるとは到底いえない。更に、税務職員が所得税法二三四条の調査を行う際、被調査者に対し予め調査の理由や必要性を告知することも、税務職員の合理的な裁量に委ねられる事項と解され、本件においては、櫻木係官が原告に対し所得額の確認をするために調査を行う旨を何度も説明したことは前記のとおりであるから、本件の調査には同係官の裁量権を逸脱・濫用した違法があるとすることはできない。

そうすると、本件の青色申告の承認取消処分に違法はない。

第二本件課税処分の適法性について

一  原告の係争年分の収入金額が、昭和五八年分が一九九五万一二三〇円、同五九年分が一九七九万三八八六円、同六〇年分が二〇四一万九八六五円であったことは当事者間に争いがない。また、別表2の「事業専従者控除の額」欄に記載のもの以外の原告の係争年分の経費の額についても当事者間に争いがない。

証人植田ゆう子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、植田は、係争年当時、原告と生計を一にし専ら原告の事業に従事していたものと認められるから、原告の事業所得額の算出に際しては、所得税法五七条三項に従い「事業専従者」に関する必要経費の控除が認められる。そして、その控除の額は、昭和五八年分につき四〇万円(昭和五九年法律第五号による改正前の同法による)、同五九年及び六〇年分につき各四五万円(昭和六二年法律第九六号による改正前の同法による)であるから、原告の係争年の経費の額は、別表2の「合計」欄に記載のとおりであると認められる。

二  本件の青色申告承認取消処分が適法なことは前記のとおりであるから、同人が被告に届け出がされた「青色事業専従者」であって原告から給与の支給を受けていたとしても、同法五七条一項を適用しそれら給与額を経費と認めることはできないし、青色申告控除に関する租税特別措置法二五条の三の規定の適用の余地もない。

したがって、係争年分の原告の事業所得額及び所得税額は、別表1の〈3〉「裁決の認容額」欄に記載のとおりであり、係争年分に関する被告の各更正(ただし、裁決によって取り消された後のもの)には所得を過大に認定した違法はないことになる。そして、被告の各過少申告加算税賦課決定(ただし、裁決によって取り消された後のもの)も、差引き納付すべき税額につき国税通則法に従って算定された金額を超えないものであり、本件課税処分はいずれも適法である。

三  原告は本件課税処分に至る調査手続が違法であると主張するが、これが違法ではないことは既に述べたとおりである。また、原告は、昭和六〇年分の更正につき、これが原告に対する調査を欠いたまま推計により行われた点で違法であると主張するが、原告に対する青色申告の承認は昭和五八年に遡って取り消されているから、昭和六〇年分の申告は青色申告書によらない申告とみなされ、原告に対する更正は所得税法一五五条の制限を受けることはないし、更正を行う場合には必ず各年分ごとに納税義務者本人に対する質問検査を前置しなければならないという要件が定められているものでもない。そして、前記認定の事実に照らせば、昭和六〇年分の原告の所得税についても推計による更正を行う必要があったことは明らかであるから、昭和六〇年分の更正の手続に違法があったとすることもできない。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 榮春彦 裁判官 橋詰均)

(別表1)

〈省略〉

(別表2)各年分の経費の額

〈省略〉

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